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個々の細胞ごとに発生を調べる

Development cell by cell

科学者らは3つの技術を組み合わせて、驚くほど詳細に胚発生の追跡を行っている。

Elizabeth Pennisi

ヒポクラテスの時代から、あるいはもっと以前から、生物学者たちは、たった1つの細胞からどのようにして数多くの器官と何十億個もの細胞が発生し、1匹の動物へと成長するのかという謎を追い続けてきた。古代ギリシャのヒポクラテスは、母の息に含まれる水分が子の成長を助けるのではないかという仮説を立てたが、今の時代に生きる私たちは、細胞が増殖し分化するプロセスを最終的に指揮者のように調節しているのはDNAであるということを知っている。そして現在、交響曲を奏でる弦楽器、金管楽器、打楽器、そして木管楽器の音色とリズムをどのように調和させるのかが楽譜に記されているのと同様に、個々の細胞の遺伝子がいつオンにされ細胞がそれぞれに割り当てられた役割を果たすよう合図しているのかが、いくつかの技術を組み合わせることで明らかにされつつある。その成果として、生体と器官の発生を個々の細胞ごとに時間を追って驚くほど詳細に追跡することが可能になっている。Scienceは、この技術の組み合わせを、その基礎研究や医学における進歩を促す可能性を評価して、2018年の「今年のbreakthrough」に選んだ。

この進歩をもたらしたのは、生体から数千個もの完全な細胞を単離し、各細胞で発現されている遺伝物質を効率よくシーケンシングし、コンピュータを利用したり細胞を標識したりしてそれらの空間的・時間的な関係を再構築する技術である。これらの技術の組み合わせは、「今後10年間の研究を変えることになるでしょう」と、ベルリンのマックス・デルブリュック分子医学センターのシステム生物学者Nikolaus Rajewskyは述べる。実際に今年だけで、複数の論文により、扁形動物、魚、カエル、その他の生物において器官と付属器の発生がどのように始まるのかに関する詳細が示されている。そして、世界中の研究グループがこの技術を利用して、ヒトの細胞が生涯にわたってどのように成熟するのか、組織がどのように再生するのか、疾患において細胞がどのように変化するのかを検討している。

数千もの細胞を個々に単離してそれぞれの細胞の遺伝物質をシーケンシングできる技術により、研究者たちは個々の時点で各細胞においてどのようなRNAが産生されているかを示すスナップショットを得ることができる。RNA配列はそれを産生する遺伝子によって異なるため、研究者にはどの遺伝子が活性化されているかがすぐにわかる。このような活性遺伝子が、その細胞の役割を決定する。

シングルセルRNA-seqとして知られているこの技術の組み合わせは、ここ数年間で発展してきたものである。しかし2017年、転機は訪れた。2つの研究グループが、初期の発生を追跡し得るスケールでシングルセルRNA-seqを行うことができることを示したのである。1つの研究グループは、シングルセルRNA-seqを用いて、同一時点でショウジョウバエの胚から抽出した8,000個の細胞の遺伝子活性を測定した。ほぼ同時期に、もう1つの研究チームは幼生段階の線虫Caenorhabditis elegansから抽出した50,000個の細胞について遺伝子活性のプロファイリングを行った。これらのデータから、どのタンパク質(転写因子と呼ばれる)が細胞を特別なタイプへと分化するよう導いているかが示された。

2018年になり、これらの研究者および他の研究者が、脊椎動物の胚に関してさらに詳細にわたる解析を行った。様々な高度な計算法を用いて、異なる時点で収集されたシングルセルRNA-seqの読み取り値を相互に関連付け、より複雑な脊椎動物において形成される細胞の様々なタイプを決定する、一連の遺伝子のオン・オフの機構を明らかにしたのである。ある研究では、ゼブラフィッシュの受精卵がどのようにして25種類の細胞に分化するのかが明らかにされた。別の研究では、カエルを対象に器官形成の初期段階における発生をモニタリングして、一部の細胞がこれまでに考えられていたよりも早期に分化を始めることが示された。「この技術は、発生学に関する根本的な疑問に答えを出してくれるものです」とハーバード大学の幹細胞生物学者Leonard Zonは述べている。

一部の動物がどのようにして四肢や全身を再生できるのかに興味をもつ研究者らもシングルセルRNA-seqに注目している。2つの研究グループが、プラナリアと呼ばれる水生扁形動物(生物学研究における代表的な再生生物の1つ)を小片に切り分けた後の遺伝子発現パターンを研究した。その結果、それぞれの小片が完全な個体へと再生するときに出現する新しい細胞タイプと発生運命が明らかにされた。別の研究グループは、サンショウウオの一種であるアホロートルにおいて、前肢を失った後にオン・オフされる遺伝子を追跡した。その結果、成熟した四肢組織の一部が胚性未分化状態になり、次に細胞・分子リプログラミングを受けて新しい四肢を構築することが示された。

シングルセル・シーケンシングを行うためには細胞を生体から取り出す必要があるため、この技術だけではこれらの細胞がどのようにして周囲の細胞と相互作用するのかを明らかにすることができず、細胞の子孫を特定することもできない。しかし今や、マーカーを初期胚細胞に組み込むことで、生きたままの生体内で細胞とその子孫を追跡することができる。少なくとも1つの研究チームは、初期胚を様々な色の蛍光タグを発現させる可動性遺伝因子に曝露させる実験を行っている。こうした遺伝因子はランダムに細胞内に入り込み、それぞれの細胞系統に別々の色を発色させる。また別の研究チームはCRISPRと呼ばれる遺伝子編集技術を用いて、個々の細胞のゲノムにバーコード様の独自の識別子を用いてマーキングを行っており、これらの識別子は細胞のすべての子孫に受け継がれることになる。こうした遺伝子編集因子は、子孫細胞において受け継がれた元の変異を保持しながら新しい変異を生じさせることもでき、それぞれの細胞系列が新しい細胞タイプを形成するためにどのように分岐していくのかを追跡できる。

これらの技術とシングルセルRNA-seqを組み合わせることで、研究者らは個々の細胞についてその挙動をモニタリングできると同時に、生体の成長しつつある構造にどのように適合するのかを理解できるようになる。ある研究チームはこの方法を用いて、ゼブラフィッシュの脳で100を超える細胞の関係を明らかにした。CRISPRにより初期胚細胞をマーキングし、次いで異なる時点で60,000個の細胞を単離してシーケンシングを行うことで、魚の胚が発生する時点での遺伝子活性を追跡したのである。

別の研究グループは同様の技術を用いて、発生時の器官、四肢、その他の組織で何が起きているか、そして、これらのプロセスにどのようにして誤りが起こり、奇形や疾患をもたらすのかを追跡した。「これはフライトレコーダーのようなものです。最終的なスナップショットを見るだけではなく、間違いが発生している現場を見ることができるのです」とサンフランシスコのカリフォルニア大学の幹細胞生物学者であるJonathan Weissmanは述べている。「われわれは、これまでは不可能であった詳細なレベルで疑問を検討することができます」。

これらの技術を発生時のヒト胚に直接用いることはできないが、研究者らはこのアプローチをヒト組織と原形質類器官に適用し、個々の細胞における遺伝子活性を検討して、細胞タイプの特性評価を行っている。Human Cell Atlasと呼ばれる国際コンソーシアムは2年間にわたり、すべてのヒト細胞タイプを同定して、それぞれのタイプが体内のどの部位に存在するのか、細胞がどのようにして互いに共働して組織と器官を形成するのかを明らかにする取り組みを行っている。すでに1つのプロジェクトでは、すべてのタイプではないものの、がんに進行する傾向のあるものを含むほとんどの腎細胞タイプが特定された。別の取り組みでは、妊娠のプロセスを進行させる、母親と胎児の細胞における相互作用が明らかにされた。LifeTimeコンソーシアムと呼ばれる欧州の53施設と60企業による共同研究では、組織ががん、糖尿病、その他の疾患に進行するときに個々の細胞で何が起きているのかを理解するための多面的な取り組みで、シングルセルRNA-seqを活用することを提案している。

発生および疾患のプロセスを示す高解像度の動画が見られるようになり、このことはさらに説得力を増すことだろう。オンライン投稿された論文ではすでに、これまで以上に複雑な生物を対象とした発生研究が行われている。そして研究者らは、シングルセルRNA-seqと新しい顕微鏡技術を組み合わせることで、それぞれの細胞のどの部位で独自の分子活性が生じているのか、またその活性に対して周囲の細胞がどのように影響を及ぼしているのかが明らかになることを期待している。

シングルセル革命はまだ始まったばかりである。

原文(英語版)はこちらから