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DNA切断技術の中から一歩抜けだしたCRISPR

Making the cut
John Travis
CRISPRゲノム編集技術の威力が明らかに

2007年、あるヨーグルト会社が、自社の細菌から予想外のウイルス撃退という防御機構を見つけ出したことが始まりだった。初めて発表されたのは2012年、翌2013年に決定的な第一歩が踏み出され、そして昨年、爆発的に大きな発展を遂げた。ゲノム編集法CRISPR(クリスパー)は、今や驚異的な分子学的技術にまで育ち、生物学者だけでなく世界中の人々に注目され、Scienceの2015 Breakthrough of the Yearに選ばれた。

CRISPRはこれまでに2度、2012年と2013年に、Breakthrough of the Yearのファイナリストに選ばれたが、いずれも他のゲノム編集技術との共同による栄誉であった。しかし、今年は遂に技術連携から抜け出し、一連の素晴らしい成果を挙げることで単独の真の実力を明示した。特筆すべき2つの事例は、害虫や害虫媒介による疾患を撲滅できる待望の「遺伝子ドライブ」を創出したこと、および、初めてヒト胚DNAを人為的に編集したことである。これらは初めてヘッドラインを飾ると共に懸念を引き起こした。いずれの発表も、科学政策界を揺るがせた。ヒト胚の研究(不妊治療専門病院から入手した生育不能の胚を用いて中国で実施された)は、今月開催された国際サミットにおいてヒト遺伝子編集を議論する契機にもなった。このサミットが直面したのは、ヒトの精子、卵子、または初期胚に手を加えて、疾患遺伝子を修正するまたは「改良」するという、危険だが新たに現実味を帯びてきた可能性である。議論の中で、ある遺伝カウンセラーが辛辣に言ったように、「できなかったときに、すべきでないと言うのは簡単だった」。

では、CRISPRは他と何が違うのか?競争相手であるジンクフィンガーヌクレアーゼと呼ばれるデザイナータンパク質やTALENも、選択したDNA配列を正確に改変する。すでに数社が、これらを利用し、治療を目的とした臨床試験を実施している。しかし、CRISPRはとても簡単で安価だと分かったので、ジンクフィンガーヌクレアーゼの開発を先導したユタ大学(ソルトレイクシティ)のDana Carrollの言葉を借りると、CRISPRは「遺伝子ターゲティングの民主化」をもたらしたそうだ。ニューヨーカーの最新号では、生命倫理学者であるスタンフォード大学(パロアルト、カリフォルニア州)のHank Greelyが、CRISPRをT型フォードに例えている。T型フォードは、決して最初の自動車ではないが、製造が簡単で、信頼性があり、また値段が手ごろであったため、社会が一変することになった。「いかなる分子生物学研究室でもCRISPRを行うことは可能だ。」と語るのは、ハーバード大学のGeorge Churchである。Church研究室は、CRISPRがヒトや他の真核細胞を効率よく編集することを示した最初の研究室である。

すでに、非営利団体Addgeneは、約50,000種のプラスミド(小さな環状DNA)を頒布している。これらのプラスミドは、CRISPRの2つの基本的な成分、特定のDNA配列を標的 とする「ガイドRNA」とDNA切断酵素、すなわちヌクレアーゼ(通常はCas9と呼ばれるヌクレアーゼ)をコードする配列を含んでいる。「CRISPR はPCRのようになります。いつも道具箱に入っている工具のように。」とカリフォルニア大学(バークレー)のJennifer Doudnaは言う。Doudna研究グループは、Emmanuelle Charpentier(現在マックスプランク感染生物学研究所、ベルリン)のグループと協力して、CRISPRがDNA標的を特異的に切断できることを初めて報告した。

この共同研究は、細菌が感染したウイルスを記憶できるという思いがけない観察結果から生まれた。メカニズムを探索する過程で、過去の感染に由来するウイルス遺伝子断片が、細菌DNAの奇妙な反復配列に挟まれていることを見つけたのだ。この配列「clustered regularly interspaced short palindromic repeats」がCRISPRの名前の由来である。ウイルスの断片が感染メモリバンクとして用いられる。細菌は、それらの断片から、再感染したウイルスDNAを捜しだす「ガイドRNA」を生成し、ヌクレアーゼによりウイルス遺伝子を切り刻む。このメカニズムが明らかになるとすぐに、DoudnaとCharpentierは、他のグループとともに、CRISPRを高等生物のDNA編集に応用することに突き進んだ。

その後、次々に応用されていった。そのひとつが、ゲノム編集技術の威力と潜在的リスクの事例研究「CRISPRを利用した遺伝子ドライブ」である。2003年にインペリアル・カレッジ・ロンドンの進化生物学者Austin Burtが考えたのは、染色体のある部位から別の部位まで自己コピーできる「利己的な」DNAエレメントに、望ましい形質の遺伝子を付加することである。そうすると、その形質をもつ子孫に受け継いでいくようバイアスがかかり、集団全体に急速に広まることになる。今年に入って、米国のチームがCRISPRをまさにその目的に応用し、元の予想を大きく超えた成功を収めた。

米国チームは「mutagenic chain reaction(突然変異促進性の連鎖反応)」という不気味な呼び名の方法を用いて、研究室で育てているショウジョウバエの次世代に、97%の効率で色素沈着形質を伝えることができた。さらに別の研究グループと協力して遺伝子ドライブを創出し、研究室の蚊の集団に放ち、マラリア原虫の体内潜伏を阻害する遺伝子をその集団に広めた。数週後、Burtらは、マラリアを媒介する別種の蚊を用いた研究で、同一の結果を報告した。雌を不妊にする遺伝子を用いて集団を急速に全滅させることができたのだ。野外にそのような昆虫を放つことの利点と生態学的リスクについて、現在議論が湧き起こっている。また、遺伝子ドライブがコイやヒキガエルなどの外来種を阻止することもできるのか、さらに他の動物媒介性の病原体、例えばライム病を引き起こす病原体を撲滅できるのか、についても議論が噴出している。

他の研究室でも、この技術を利用して多種多様な遺伝子改変動物や植物が次々に作製されている。筋肉隆々のビーグル犬、数種のウイルスに抵抗性を持つブタ、遍在する真菌に耐性を持つ小麦、などである。より長持ちするトマト、アレルゲンフリーのピーナッツ、生物燃料に適したポプラなども計画段階にある。用いる方法によっては、初期の遺伝的改
変技術とは異なり、いかなる外来DNAも残さずにCRISPRを実行することができる。これまでは、残存する外来DNAによる制御が難題であった。

まだまだある。科学者らは、「デッド」型Cas9を作製することで、CRISPRのDNA切断能を削除したが、配列検索能は維持した。Cas9に分子を付加すれば、CRISPRはただちに汎用性のある正確な輸送手段になる。例えば、さまざまな制御因子をデッドCas9に装備させることにより、ほぼ全ての遺伝子をオン・オフすることができるグループや、活性レベルを微妙に調整することができるグループなどが現れた。本年実施された実験のひとつでは、CRISPRの先駆者の一人であるブロード研究所*(ケンブリッジ、マサチューセッツ州)のFeng Zhangの率いるチームが、メラノーマ治療薬の耐性に関与する遺伝子を同定するため、約20,000個の既知ヒト遺伝子をターゲットとし、細胞集団において遺伝子をひとつずつオンにした。


CRISPRの生物医学的応用は、まさに始まったばかりである。臨床研究者らは、癌や他の疾患に対して組織をベースとした治療法を確立するために、CRISPRをすでに利用しつつある。CRISPRは、動物の臓器をヒトに移植するという、消滅しかかっていた考えを復活させるかもしれない。動物のゲノムに潜むレトロウィルスが移植レシピエントに障害を与える可能性について多くの人々は恐れるが、本年、ある研究チームが、ブタ・ゲノムに散在する62コピーのレトロウィルスDNAを一網打尽に除去している。また、国際サミットでは、もし社会が勇気をもって常識的な倫理の限界を越え、ヒト生殖細胞系列を改変する場合には、ヒト胚における遺伝子異常の修復にCRISPRが有望であるという議論が多く見られた。


要するに、次のように言っても、それほど大げさではないだろう。もし科学者が遺伝子操作を夢見るなら、CRISPRが今やそれを実現する、と。ヒト遺伝子編集サミットにおいて、CharpentierはCRISPRの将来性を「スリリング(mind-blowing)」だと語った。そのとおりだ。良かれ悪しかれ、われわれ全人類は、現在、CRISPRの世界に住んでいる。

CRISPRのDNA編集能により、さまざまな遺伝子組換え生物を作製することが可能になった。

読者の選択
Scienceウェブサイトへの訪問者が10項目のBreakthrough of the Yearのファイナリストに投票した。上位は以下のとおり:
1. 冥王星 35%
2. CRISPR 20%
3. 中枢神経系内のリンパ系15%
4. エボラ・ワクチン10%
5. (同点)心理学実験の再現性/量子もつれ6%

昨年に引き続き本年も、読者はインターネットを通して今年1番の発見に投票した。一方、Breakthroughチームも議論して独自に選択した。リストの上位では、読者の結果はScienceスタッフの検討結果とよく似ていた。注目を集めた会議や雑誌の記事がゲノム編集技術に関する人々の関心に焦点を合わせていたため、CRISPRは早々にリードを奪った。探査機New Horizonsが航行途中で接近・通過した冥王星は、7月にメディアで盛んに報道され第2位であったが、第1位とは差を付けられていた。

しかし、New Horizonsの科学者が、twitterを用いて投票推進ツイートを拡散すると、この準惑星は多数の票を集めることになった。最終結果が判明したとき、一般読者投票では、冥王星がCRISPRを優に上回っていた。リストの下位では、古代の骨にとって本年は不運な年になった。Homo naledi(ヒトの新種!)は第7位に終わり、ケネウィック人(最近DNA配列が決定された古代の北米先住民)は最下位だった。来年の健闘を期待したい。