Breakthrough of the Year 2009
以下は12月18日に発表された、Breakthrough of the Year 2009の翻訳文です。 Scienceに掲載された記事とは表現が異なる場合もあり、その正確性、通用性、完全性について保証するものではありません。正確な情報を得るためには必ず原文をご覧ください。
【ブレイクスルーオンライン(原文)】
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【ブレイクスルーについて】
- Breakthrough of the Year : Ardipithecus ramidus -第1位 アルディピテクス・ラミダス-
- Breakthrough of the Year : The Runners-Up -第2位から第10位まで-
- Virus of the Year : The Novel H1N1 Influenza−2009年のウイルス:新型H1N1インフルエンザ
- Breakthrough of the Year : Scorecard -評価-
- Breakdown Revisited: Trying to Stay Afloat−経済崩壊再び:沈まない努力
- Breakthrough of the Year : Areas to Watch -注目すべき分野-
第1位「アルディピテクス・ラミダス」(Ardipithecus ramidus)
希少な一体の骨格により時のカーテンが開かれ、人類最古の祖先の驚くべきボディプラン(体の設計図)と生態が明らかに
わずか一握りの個体の化石が、ヒトの進化物語の主人公として知られるようになった。たとえば、ドイツのネアンデル渓谷から出土したネアンデルタール人。初めて発見された人類化石である。次いで南アフリカで発見されたタウング・チャイルド。1924年のこの発見により人類の祖先がアフリカに生息していたことが初めて明らかになった。さらに、あの有名なルーシー。その部分骨格により、人類の進化における重要な段階がさらに詳しく判明した。そして2009年、数少ないこの主人公らに新入りの一員が加わった。アルディである。「彼女」は現在、ヒトの祖先と推測される最古の化石骨として知られている。エチオピアのアファール盆地で同種の最低35個体の部分的な化石骨と共に発見された。
1974年のルーシー発見後、その祖先がどのような姿で、どこで、どのように生息していたのかに研究者の関心が寄せられた。ルーシーはチンパンジーとほぼ同じサイズの脳を持つ初期人類で、約320万年前、すでに私たちと同じように直立歩行していた。しかし、ルーシーと同じアウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)属の中で最古の種でさえ、存在していたのはヒトとチンパンジーの最後の共通祖先から数百年後であるため、ヒトの進化物語、第1幕の解明には至らなかった。
今回、440万年前に生存していたアルディが発見された。私たちの曖昧な過去に新しい明るい光を照らしてくれる女性である。発見者らは、この女性をアルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus、アルディピテクス属のラミダス猿人)と命名した。これは「根」と「地面」を指すアファール語にちなんだ名称で、彼女がヒトの系統樹の根に近い部分に位置する地上生活の類人猿であることを表わしている。もっと古い人類も存在するが、現在のところアルディは古代の化石骨の中で群を抜いて完全な標本である。その化石骨125片には頭蓋骨と歯の大半、骨盤、四肢が含まれている。(4,700万年前のイダと呼ばれる初期の霊長類の化石も驚くほど完全ではあるが、今年の発見当初から言われているように、ヒトの直接の祖先ではない)
アルディは1994年に初めて化石が発見されるや否や、ルーシー以来の最も貴重な化石であると判断された。しかし化石の保存状態が悪かったために、その喜びの興奮は瞬く間に冷めた。大きめの骨は破砕して脆くなっていた。多分野の専門家から成る研究チームは、アルディを発掘し、デジタル処理で歪みを除去し、骨を分析するのに15年も要した。
待ちに待ったアルディの骨格に関する分析が11本の論文にまとめられ、本誌10月2日号(p60-106)プリント版およびデジタル版で発表された。アルディは、ヒトとその祖先が属し、他の現生類人猿の祖先は属さないヒト科の新種であると述べられている。アルディの珍しい身体構造は、後に出現したルーシーを初めとする人類や現生の類人猿とは異なっていると言われる。しかしそれと引き換えに、アルディによって直立歩行の基礎を築いた古代の身体構造の変貌が分かる。
アルディピテクス・ラミダスが私たちの祖先であること、その前に人類であることすら、すべての古人類学者が確信しているわけではない。しかし、この新しいエビデンスの重要性については誰もが納得している。100万年以上古いわずか半ダースのヒト科の部分的な化石骨が公開されたことがあるが、異なった個体の断片的な化石群より1体の完全骨格の方がその動物の全体像がよく分かる。さらに、ロゼッタストーンの解読結果から他の古代文字文書が次々と解読されたように、この1体の骨格によってより断片的な化石群の解明も進展する。予想どおりアルディの身体構造や他の霊長類との関係について、論争が巻き起こった。ヒトの進化に関する最も根本的な疑問に対して、アルディや彼女と同種の標本から膨大な量の驚くべき新しいデータが得られると、研究者らは声をそろえている。何をもってヒト科の最古の祖先であると特定できるのか。直立歩行はどのように進化したのか。チンパンジーとの最後の共通祖先はどのような姿であったのか。研究者らは今後このような疑問を追究する際、アルディを参考にすることになる。

- 立ち上がった人類の祖先。アルディは木の枝の上や地面を直立歩行していたかもしれない。これは直立歩行の進化における重大な段階である。
- CREDIT: ©2008, JAY MATTERNES
身体的エビデンス
アルディに関する最大の驚きは、彼女がアルディピテクスと現生のチンパンジーやゴリラに似た共通祖先との中間的存在ではなかったことである。アルディは身長120センチ、チンパンジーより若干大きい身体と脳を持ち、ルーシーよりはるかに原始的である。しかし、アフリカ類人猿のようではなく、発見されているもっと古い類人猿の骨片にもほとんど似ていない。
アルディの顔と歯の調査で、アルディピテクスと後に出現したルーシーや私たちのようなあらゆるヒト科の動物をつなぐ派生形質が発見された。たとえば、アルディの鼻口部はチンパンジーほど突き出ていない。同種の男性には、チンパンジーに見られる大きく尖った短剣のような上顎犬歯はない。頭蓋底は前方から後方にかけて短く、直立歩行動物と同様であり、四足歩行の類人猿ほど長くはない。
さらにアルディの骨盤を見ると、彼女が実際に直立歩行していたことを確信できる(長い間、直立歩行はヒト科であるための決定的な形質だとされている)。たとえば、アルディの骨盤の寛骨上部は現生の類人猿より短く幅広なために体の重心が低くなり、歩きながら片足でバランスを取ることができる。しかし、ヒトやルーシーほど上手に歩いてはいなかった。骨盤は木登りにも直立歩行にも便利な形態を呈しており、それが彼女を「条件的な」二足歩行動物にならしめていると発見者らは述べている。
この身体図に見事なまでに完全な手足の骨が加わる。発見者らによると、アルディの手関節はアフリカ類人猿ほど堅くない。また、手のひらの骨は短く、チンパンジーのように手の指を地面に付けて歩いたり、木の枝にぶら下がったりしないことを示している。しかし足は、チンパンジーより堅い。これは、地上を直立歩行する際にも、慎重に木登りをしたり木々の枝から枝へ歩いたりする際にも有利な形質が寄せ集まっていることを示している。実際に、アルディの長く曲がった手指に加え、他の足指と向かい合わせにできる足の親指は彼女が木の枝をつかんでいたことを示唆している。
そうであるなら、私たちの祖先は主に森林地帯に住みながら直立歩行を始めたことになる。かつて考えられていたように、視界の開けた草原で生息していたのではない。国際共同研究チームは、アルディが最初の一歩を踏み出したシーンを再現するためにはどんな苦労も惜しまず、アラミスやその近郊から動植物の化石標本を15万個も収集した。放射分析法を用いてその化石層が440万年前のものであることを正確に突き止めた末、アルディはうっそうとした森林に覆われた氾濫原で生活し、エノキやイチジク、ヤシの木に登り、サルやクーズー(アンテロープの一種)、クジャクと共存していたという結論を導き出した。

- 手を使うか、足を使うか。アルディの足(右)は木の枝をつかめるように親指が他の足指に向かい合える形態になっている。
- CREDIT: ©2005, JAY MATTERNES
ヒトとの関係
顔、頭蓋骨、歯の形質に基づいて人類を定義するならば、文字とおりアルディは人類である。アルディピテクスについての解説を読んだりこれらの化石の復元物を見たりした多くの研究者は、この見解に同意している。しかしルーシーの発見以降、人類と特定する基準は直立歩行になっている。霊長類の中で常習的に二足歩行するのはヒトとヒトに最も近い種に限られる。この観点では、アルディをヒト科とするには根拠が甘い。
アルディの骨盤は直立歩行をしていたことを示す貴重なエビデンスではあるが、「アイルランド風シチュー(具材の形が煮崩れしている)」になぞらえるものもあるほど、断片的で破砕している。外部の研究者らは復元物を詳しく調べることを望んでいるが、一方発見者らは、直立歩行していたという解釈は足と骨盤現物の最も保存状態の良い部分の形質に基づいて導き出したものであり、復元物に基づく解釈ではないと述べている。
復元された骨盤を見たことのある少数の外部の研究者は、坐骨切痕と呼ばれる大きな切れ込みの形状と大きさなど、アルディが後に出現した人類と共通する重要な形質を持っていることを認めている。それでもやはりアルディの手足はあまりにも原始的なため、一部の研究者は、実際に他の類人猿に比較してアルディが頻繁に直立歩行していたのか、木登りや木の枝にぶらさがる能力が劣っていたのかに強い疑問を抱いている。次の段階は、アルディの骨とより古い類人猿の骨をさらに詳しく比較して、彼女の独特な解剖学的特徴が動き方にどう影響したかを調べることである。
アルディによってヒトとチンパンジーの共通祖先の基本的なボディプランが明らかになる、という論文の強気な見解に異議を唱える研究者も多い。彼らは、アルディが共通祖先のおよそ100~300万年後に生息していた、それだけの期間があれば十分に進化的変化を遂げられる、と指摘している。アルディピテクスの男性の小さな犬歯が示唆する社会的意義についても、発見者らは、男性間の戦いがチンパンジーほど過激ではないことを示唆していると解釈したが、一部の研究者からは疑問の声が上がっている。
こういった論争から、このような初期人類においてどのような歩行を直立歩行と認めるかが極めて難題であることが分かる。アルディはアウストラロピテクスのようにヒト科に属すると認められる直立歩行をしていなければならないのか。あるいは、顔、頭蓋骨、犬歯は後に出現した原人のものと一致するにしても、彼女の直立歩行は中間的なものであったとすればよいのか。アルディの発見によって、一部の研究者は常習的な直立歩行を人類であるための必須条件にすることに疑問を抱きつつある。古代類人猿の中には頭から人類に分岐した種もおそらく存在する。
これまでにも、新しいヒト科の化石が発見されて議論が巻き起こった末、ヒト科に属することの意味が改められた例がある。脳の大型化、道具の使用は直立歩行と同時に始まったという見解が一般的であったが、チンパンジーと同じサイズの脳を持つルーシーが発見された後、「直立歩行が先に始まった」に変わった。
研究者らは人類の定義を再検討するともに、私たちの系統樹上の正確なアルディの位置についても思案している。発見者チームは、アルディピテクス属からルーシーのアウストラロピテクス属(ここから私たちホモ属につながると一般的に考えられている)が出現したという仮説を立てている。しかし同時に、アルディが私たちの直接の祖先の姉妹種、絶滅した側枝系統であった可能性にも注目している。アルディに関する研究が拡大して新たな共同研究者も加わり、研究チームはその復元物を見たいという要望に応じる気でいる。また、アラミスに戻って化石をもっと探そうという意志も見せている。
ダーウィン生誕200年の今年は、ついに400万年の壁を打ち破って人類の起源が解き明かされるにふさわしい年である。多数の新しい情報や少なくも1体の化石骨という確実なエビデンスから、私たちの最古の祖先の姿が今、明かされる。
ーアン・ギボンズ

- ルーシー、アルディに出会う。アルディ(左)は今年、ヒトの進化についてより深い知識を提供する希少な初期人類の化石骨格の1つとしてルーシーの仲間入りをした。
- CREDIT: TIM WHITE







