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Breakthrough of the Year 2008

以下は12月19日に発表された、Breakthrough of the Year 2008の翻訳文です。 Scienceに掲載された記事とは表現が異なる場合もあり、その正確性、通用性、完全性について保証するものではありません。正確な情報を得るためには必ず原文をご覧ください。

【ブレイクスルーオンライン(原文)】
参考文献、リンク、マルチメディア資料などが掲載されたこの記事の拡大版はhttp://www.sciencemag.org/btoy2008をご参照ください。

【ブレイクスルーについて】

第1位「細胞の初期化」

細胞発生における時計の針を巻き戻す遺伝子の組込みにより、疾患や細胞の運命決定の方法について見識が得られるようになった。

今年、科学界では、念願の『細胞の錬金術』という偉業が成し遂げられた。さまざまな疾患の患者から皮膚の細胞を採取し、それを幹細胞へ再プログラミング、すなわち初期化したのである。形質転換された細胞は、研究室内で増殖・分裂した。これによって、患者の疾患の原因過程を細胞レベルで研究するための新しいツールが得られた。この業績は、患者自身の細胞を用いる疾患治療という長い道のりの重要な一歩ともいえよう。

  • CREDIT: C. BICKEL/SCIENCE

こうした功績は、遺伝学的技術に基づいている。その端緒は、マウスの生体内で作製され報告された2年前に戻る。研究チームは、細胞の発生学的な『記憶』を消去することで、細胞を初期胚の状態に戻し、元の細胞とは異なる細胞へ再成長させた。2008年、細胞の初期化の研究において、もうひとつ金字塔が打ち立てられた。生体マウスを用いたエレガントな研究で、成熟した細胞を直接別の細胞へ一足飛びに変化させたのである。その結果、細胞の発生は『一方通行』であるという通則が打ち破られた。新しい細胞運命(identity)を獲得させる細胞操作技術において上記のような進歩が認められたことから、今や最盛期を迎えた細胞の初期化という研究分野が、サイエンス誌における『今年のブレイクスルー』に選ばれることとなった。

  • CREDIT: LESTER V. BERGMAN/CORBIS

本年のブレイクスルーは、3年前に噴出した大きな不祥事の記憶を払拭するに十分である。あれは、韓国の研究チームが体細胞核移植(クローン羊のドリーにも使われた手法)によって、I型糖尿病や脊髄損傷、先天性免疫疾患の患者に由来する幹細胞を作製したと虚偽の発表をした後のことであった。あの騒動によって、本領域の研究は大きな後退を余儀なくされ、患者特有の幹細胞を作製するなど遠い将来のことになってしまったようだった。


今回の新しい進展は、これまでのふたつの躍進的な研究成果を踏まえている。10年前の11月、ウィスコンシン大学の研究チームが、人体のどの種類の細胞にも分化する能力を持つ細胞、すなわちヒト胚性幹細胞(ES細胞)の培養に成功したと発表した。多分化能として知られるその能力は、発生生物学や医学の研究分野で様々な可能性の扉を開いたが、同時に難題を抱えることにもなった。ES細胞を単離することは、一般的には胚を破壊することであるため、ES細胞研究に対して生命倫理の観点から、熾烈な議論が起こったのである。その結果、米国を含めた多くの国では、政治的な決定により、科学者がヒトES細胞を用いる研究は制限された。


2006年、日本人研究チームが、ヒトES細胞に関わる実践上の問題と倫理問題を回避し得る方法を発見したと報告した。マウスの尻尾から採取し、研究室の培養皿で増殖させていた細胞に、たった4種類の遺伝子を導入するだけで、外観的にも機能的にもES細胞に非常に良く似た細胞が得られたのである。この細胞は人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell, iPS細胞)と名づけられた。昨年、サイエンス誌2007年の『今年のブレイクスルー』における第2位に挙げられていた状況のさなか、同じ日本人研究チームと米国の別の2チームが、この細胞初期化技術をヒトの細胞へ応用し発展させた。これらの業績が新しい研究に向けて水門を開いた。

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オーダーメードの細胞

ほぼ10年間にわたって、幹細胞生物学者は、研究し難い疾患の患者に由来する長寿命の細胞株について作製方法を模索してきた。(大抵の成人の細胞は研究室の培養条件では生存できないため、患者から直接研究対象となる細胞を採取しても探究が進まない。)今年、ふたつの研究グループによってその目標が達成された。一方の研究チームは、運動ニューロンが攻撃されて徐々に全身不随になる変性疾患、筋萎縮性側索硬化症(ロウ ゲーリッヒ病)に悩む82歳の女性の皮膚細胞からiPS細胞株を誘導した。さらに同研究チームは、このiPS細胞を、筋萎縮性側索硬化症でもっとも冒されやすいニューロンとグリア細胞へ分化させた(写真、次ページ)。それからわずか1週間後、別の研究グループが、筋ジストロフィーやI型糖尿病、ダウン症候群など10種類の異なる疾患に由来する患者特有のiPS細胞を作製したと報告した(表参照)。こうした疾患の多くは、動物モデルを用いて研究することが困難であったり、不可能であり、初期化された細胞が作製されたことで、疾患の分子基盤を研究するための新しいツールが得られることとなった。これらのiPS細胞は、治療効果が期待される薬剤のスクリーニングにおいても有用であることが示されるであろう。ゆくゆくはこれらの技術によって、培養皿のなかで患者の細胞の遺伝的異常が是正され、さらにその正常化した患者自身の細胞による治療が可能となるだろう。


今年発表された別の論文では、細胞分化という高速道路にある細胞の初期化という出口は、細胞を胚の状態へ戻さねばならない道でなく、別の成熟した細胞へ直接分化させることが可能な道に通じることが示唆された。マウスで研究を行っている米国の研究チームは、外分泌細胞という成熟した膵細胞を初期化し、ベータ細胞へ分化させた。ベータ細胞は、膵臓内でインスリンを産生する細胞で、I型糖尿病では破壊されている。同研究チームは、3種類のウイルスをカクテルのように混ぜて成体マウスの膵臓に注射した。ウイルスはおもに外分泌細胞に感染する。また、各ウイルスには、ベータ細胞の分化への関与が知られている遺伝子がそれぞれ組込まれている。数日後、処置されたマウスにおいて、見た目も働き方も本物のベータ細胞に似たインスリン産生細胞の形成が認められた。


これらの結果は非常に驚くべきことである。というのも、生体においては、特化した細胞が運命を変えることはほとんど無いからである。言い方を変えるなら、筋細胞が肺細胞に変わることはまずありえない。しかし、疾患によってはその治療に多能性細胞を用いるよりも、このような直接的な初期化のほうが、より簡単で安全であろう。また、解明された因子を用いて、ある種の培養細胞を別種の細胞に直接変化させる技術が登場すれば、研究室で目的とする細胞種の作製を迅速に行うことも可能となるだろう。

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Special Section:求む、さらなる躍進

2008年、科学研究では目覚ましい進展が見られたが、細胞の再プログラミング、すなわち初期化によって、疾患の治療が初の成功を遂げるまでには、さらに多くの飛躍的な進歩が必要である。細胞療法に用いるには、初期化は十分安全でなければならず、効率的でかつ信頼できる方法を見つけなければならない。同時に、この初期化の仕組みについても、正確な理解が追求されている。数多くの研究グループが同じ手法を用いているが、初期化された細胞の中で何が起きているのかはいまだに謎である。しかも、偶然の出来事が重なって、まれに一部の細胞が最終的に初期化されることになるようである。有力な説では、まずいくつかの初期化因子が助け合って細胞核内のDNA鎖をほぐし、発現が抑制されていた遺伝子の再活性化を容易くさせると考えられている。さらに別の因子が加わって、細胞に新しい運命を付与する蛋白質シグナル伝達カスケードを開始させるという(本特集内のGurdon & Meltonによる総説を参照のこと)。


最初の初期化の方法では、(レトロ)ウィルスを用いて、初期化遺伝子を細胞ゲノムへ組込ませている。その結果、細胞のDNAは永久的に変化する。この方法は、いくつかの理由から研究者を怯ましている。まず挙げられるのは、組込まれた遺伝子が、既存の遺伝子の機能を妨害しうることである。例えば、癌を抑制するような遺伝子がいたなら、細胞が腫瘍を形成するようになってしまうかもしれない。また、初期化が完了し細胞自身の遺伝子が引き継いでしまうと、組込まれた遺伝子は機能を停止したように見えるけれど、実は再活性化したり、細胞に対して他の微妙な影響を及ぼしたりするのではないか、とも懸念される。


これらの理由から、初期化を誘導する別の方法が世界中で模索されるようになった。早くも今年、大きな進展がみられた。多くの研究グループが、組込む遺伝子のいくつかは、化合物で代用し得ることを発見したのである。また他の研究グループは、少なくともマウスの細胞では、レトロウィルスと同じ要領でアデノウィルスでも初期化できることを見いだした。アデノウィルスはありふれた風邪の病原体であるが、その遺伝子は宿主のゲノムに組込まれない。このウィルスは、細胞の初期化に十分な期間みずからの遺伝子を発現するものの、細胞が分裂するにつれ次第に希釈され、ウィルス検出が不可能なまでになる。そして、初期化後の細胞には、改変されていない、もとのゲノムが残る。日本の研究グループは、プラスミドと呼ばれる環状DNAでも、必要な遺伝子を細胞に導入することができることを示した。しかし、これらの代替方法は最初の方法と比較してかなり導入効率が低く、その多くは、マウスよりも初期化が難しいヒトの細胞ではまだ成功していない。

  • CREDIT: DIMOS ET AL. (GROUP OF THREE)

実用的なレベルに達するには、初期化の過程も、もっと効率的にならなければならない。たいていの実験では、1万個中1個にも満たない細胞を辛うじて初期化できる。しかし、この研究領域では幸運なことに、今年米国のふたつの研究グループが、ケラチノサイトという皮膚の細胞を、とりわけ簡単に初期化できることを示した。一方のグループは実験に用いたケラチノサイトのおよそ1%を初期化することができた。しかも、他の細胞では初期化に数週間も必要であったのに、わずか10日間で可能であった。毛嚢(写真/前ページ)はケラチノサイトに富んでいる。そこで、もう一方のカリフォルニア州とスペインの連携グループは、頭皮から1本の毛髪を採取し、その細胞から、個人特有の細胞株を効率的に誘導することに成功した。毛髪1本は、皮膚1片よりも、採取がずっと簡単なケラチノサイト供給源である。

  • CREDITS:C.BICKEL/SCIENCE;JERRYCOOKE/SPROTS
  • ILLUSTRATED/GETTY IMAGES
Diseases With Patient-Specific iPS Cell Lines 患者特有のiPS細胞株が作製された疾患
Amyotrophic Lateral Sclerosis (Lou Gehrig’s disease)

筋萎縮性側索硬化症(ロウ ゲーリッヒ病)

ADA-SCID

アデノシンデアミナーゼ欠損重症複合免疫不全症(ADA-SCID)

Gaucher disease type III

3型ゴーシェ病

Duchenne muscular dystrophy

デュシェンヌ型筋ジストロフィー

Becker muscular dystrophy

ベッカー型筋ジストロフィー

Down syndrome

ダウン症候群

Parkinson’s disease

パーキンソン病

Juvenile diabetes mellitus

若年性糖尿病

Swachman-Bodian-Diamond syndrome シュバッハマン・ダイヤモンド症候群
Huntington Disease ハンチントン病
Lesch-Nyhan syndrome (carrier) レッシュ-ナイハン症候群(保因者)

最後に、細胞の初期化にはよりよい品質管理が必要であることを述べたい。今年、米国のグループが巧妙な方法を駆使して、より制御された環境下で初期化過程を研究することに成功した。抗生物質のドキシサイクリンを加えたときにのみ初期化遺伝子が活性化するような細胞を作製したのである。次に、この初期化された細胞を用いて、遺伝学的に全く同一の、すなわちどの細胞もおなじウィルス組込み部位を持つ『第2世代』のiPS細胞を作製した。これらの細胞によって、初めて標準化された条件下で初期化過程を研究することが可能となった。『発生』という一方通行の道路から成熟した細胞が降りることを可能にする生化学的過程について、解明の一助となるであろう。


しかし、細胞の初期化を完全に理解するには、まだほど遠い。ヒトES細胞の発見から10年経た今も、科学者はいまだに多能性細胞を成熟した組織に分化させる方法の標準化に取り組んでいる。制御不能となった多能性細胞を治療に用いれば、危険な腫瘍を発生させかねない。これは重大な問題である。また、研究者がいくら研究室の培養皿のなかで、多能性細胞を拍動する心臓細胞に簡単に誘導できたとしても、そのような細胞を体内の組織に組込んで、疾患に冒された臓器と置換したり、修復したりする方法を完成させた者はまだいない。しかし研究者は、多くの人がこれまでに予期していたより、いや望んでいた以上に速いスピードで、『発見』という名の街道を疾走するようになった。Gretchhen Vogel

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